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最終更新日 2017:05:01    湘南の天気予報   只今の時間    2017年05月24日(水)07時27分

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● 湘南はサーフィンの発祥地


湘南海岸で海水浴が始まって120年になりますが、それにつぐ大変化と言っていいでしょう。しかも海水浴は夏だけのスポーツですがサーフィンは四季を通じて行なわれます。かくて湘南は日本におけるサーフィン発祥の地、そのメッカとなりました。
 ところで、サーフィンが導入されるまでにこれに類したものがなかったのでしょうか。実は戦前から「波乗り」が行なわれていたことを思い出す方も多いでしょう。これには波乗り板を使う「板子乗り」と人間の体だけで波に乗る「素乗り」などがありました。波乗り板は厚さ2〜3センチ、幅30センチ、長さ60センチで丸い手かけ穴がありました。写真は昭和13年に片瀬海岸で撮影されたものです。「素乗り」の方は人間の体だけで波に乗るものでハワイなどではボディーサーフィンと呼んでいるものです。現在では、プラスッチク製のボディボードと呼ばれ主流になっているようです。
 
いまでこそ湘南といえばサーフィンと答えて誰も不思議とは思わないでしょう。それほどに夏冬を問わず湘南の海を見渡せばサーフィンを楽しむ人々で賑わっています。

 サーフィンブーム

湘南に関するサーフィン情報の紹介 サーフィン自体は1950年代に駐留軍の米兵によって日本に持ち込まれたとされているが、マス・メディアで取り上げられるようになったのは60年代後半であると推測される。 20代の若者を対象に、最新ファッションやスポーツの紹介を行っていた『平凡パンチ』では、昭和43年(1968)7月15日号で「はやりはじめた豪快な海のスポーツ サーフィン」として紹介記事を組み、サーフィンの基本用語やその歴史、茅ヶ崎・辻堂近辺のサーフィンの状況を白黒イラスト入りで紹介している。ここではサーファーのファッションについても言及されており、「西海岸人好みの例の軽装感覚(薄くて大きなTシャツをズボンの上に出して風にハタめく裾、大きな尻、太い綿パンツなど)」とハワイ人のファッションが交じり合ったものが「サーフィン・モード」として分析されている。
そして、これらの「サーフィン・モード」やボード、皮サンダル、ボードメーカーのステッカー、「ときにはスキンダイビング用品の面倒もみちやおう、というのがいわゆる“サーフ・ショップ”であります。」として、「いまのところ関東地方では湘南と東京に数軒」と紹介している。そこで販売されていたのは、輸入品を中心としたサーフィングッズや衣服であったが、メーカー品が気に入らないために、オリジナル商品を湘南地域の主婦に作ってもらっていたショップも存在した。この記事では、スポーツとしてのサーフィンの面白さと同時に、,サーファーのファッション性もまた強調されている。実際に海でサ−フィンをする時の服装だけではなく、サーファーという「種族」の衣服がファッショナブルであることが指摘されているのである。雑誌記事におけるこのような取り上げ方は、後にサーファーがひとつのファッションカテゴリとして成立していく上で重要な起点になったと推測される。
 この時点では、雑誌メディアにおけるサーフィンは紹介記事に留まっていたが、70年代後半の湘南の地域イメージ形成に大きな役割を果たしたと考えられるのは、昭和51年(1976)創刊の『POPEYE』である。『POP-EYE』は『平凡パンチ』の編集方針をくみ、まだ「誰もやっていないこと」を提案し、「いなかった人」を作っていくというコンセプトの下、1977年から1978年にかけてサーフィン特集を集中的に展開した。紹介される地域は当時サーフィンが盛んに行われていたアメリカ西海岸やハワイが中心であったが、『POPEYE』1977年5月25日号では初めて湘南が特集された。 茅ケ崎から鎌倉へかけてのこの部分は湘南といっても特に独立したひとつの土地柄を形成している。形成させているのはもちろん人、その人とはサーファーたちなのである。だからこの地域を、あえて《湘南カウンティー(郡)》としてみた。カリフォルニア州の一郡かも知れない。

このように、茅ヶ崎から鎌倉にかけての「湘南」は、西海岸・ハワイと「地続き」の地域として紹介されたのである。記事には、由比ケ浜から馬入までの「湘南カウンティー・サーフボードショップ案内略図」や周辺の店舗などが掲載され、実用的な性格が強い。8年前は湘南と東京に「数軒」であったサーフショップも増加し、湘南では20店近くあると紹介されている。
 「こんなところは日本ではここしかなく、もちろん日本の波のり史において湘南カウンティはメインストリームなのだ。
だからここへ日帰りできるような関東や近県のサーファーにとって、このカウンティーはメッカに違いなく、ここに集まっているサーフショップは地元サーファーはもちろんのことこうした遠くからの波のり愛好家たちの便宜も図っていて、例えば波の情報からポイントの選び方まで相談にのってくれる。
 サーフショップはまた、とうぜん米国西海岸の風を充分にうけていて、カウンティー・のショップを軒なみのぞいている限りは、まるでLA周辺のビーチにいるのと同じ気分になれること受け合いなのだ。 」
 この記述からは、地元だけではなく、関東近県からサーファーがすでに集まっていること、湘南がアメリカ西海岸の擬似的な地域として認識されていたこと、そしてその原因がサーフショップの存在にあったことが分かる。

● サーフィン湘南の地理的優位性 

  サーフショップの増加はサーファーの増加に伴うと推測されるが、その原因はやはり湘南が都心部に近く、交通の便が良いということにあると思われる。
 湘南の場合はアクセスしやすいという地理的条件により人が集まり、ショップが増加し、軽装のまま出かけても現地のサーフショップで物品の調達ができ、ショップで技術指導も受けられるという条件からさらに人が集まるという、集客の循環構造が形成されたと考えられるのである。
 情報に牽引されるサーフィン人気さらに、60年代後半から70年代のサーフィン関連記事を分析すると、圧倒的に湘南の記事が多く千葉がそれに次ぎ、関西は非常に少ない。これは当時の出版事情が東京中心であったことにも起因するが、流通する情報が圧倒的に多かったこともまた、湘南へのサーファー集客を増加させた一因であるだろう。
 70年代の後半、実際にサーファーはどのくらいいたのであろうか。 1976年の日本プロフェッショナル・サーフィン連盟のデータによれば、当時のサーフィン人口は約15−20万人と少なく、スポーツとしてはマイナーな存在であった。しかし、余暇開発センターの『レジャー白書(1976年)』によれば、サーフィンは「今していないスポーツで、将来したいと思っているもの」の上位にあり、情報が先行しサーフィン人気を牽引したと考えられる。 1976年後半から1978年頃にはウエストコーストファッションが全盛期を迎え、その末期から1976年にかけてはよりスポーツ性が高いサーファーファッションが流行しており、先行する情報のなかでも、ファッションが占める割合は非常に大きかったと想像される。このような状況下で進行したのが、スポーツであるサーフィンそのものがファッション化していくという現象であった。

● 急増する女性サファー

 20〜30歳代のOLを中心に、女性サーファー人口が急増している。10年前、男性9に対し女性1の割合でしかなかったサーフィン人口は今では7対3の割合に。地元をはじめ東京、埼玉などからも湘南に大挙押し寄せ、サーフショップでホードを借りて海へ----.。この手軽さが女性ファンを増やす要因になっているようだ。
  10代より20〜30歳代のOL層に広がっており、冬場の平日でもトライする女性が増えている。ダイエット、健康のためにと50〜60歳代の中高年女性も増え、ブームに火がついた状態だ。 女性が増えるのは男性サーファーが増えるという”相乗乗効”も生まれている。 女性サーファーが増えた背景には、テレビ、雑誌などメディアの影響が大きいといわれる。女性サーファーが主人公になった米国映画が昨年、日本でヒットしたことも要因とみられる。 また、大手ブランド企業がサーフホードを作るなど業界に進出し、これまでなかった女性サーファー向け専門誌も相次いで創刊され、ファッション的志向から始める女性が少なくないという。湘南は都内から交通便もよく、お洒落なカフェも多いので、女性に好まれている。女性サーファーのためのコンテストも国内外で増えている。日本サーフィン連盟(NSA)が主催する全日本コンテストや、毎年、秋に開催される茅ケ崎市長杯アマチュアコンテスト、平塚市長杯サーフィンコンテストにも女性サーファーの参加が増えている。 ゴールデンウイークを境に、地元や東京、埼玉などから大挙、湘南に押し寄せてくるサーファー。江の島から茅ケ崎までは遠浅で安全であるため、初心者でも十分に楽しめるポイントだ。とくに藤沢・鵠沼は、交通便がよく、夏場は都内からの女性たちで賑わう。 かつてサーフポードを抱えた「電車サーファー」が流行したが、現在はサーフショップがレンタルする。ただ、いきなり海ヘということではなく、サーフショップのスクールを受講して海に入る女性がほとんどだ。危険なスポーツと認識しているのか、インストラクターの指導で練習する風景があちこちで見られる。男性の場合、自分でボードを買い、我流で覚えることもあるが、女性はスクールに入る人が多い。湘南地区のサーフショップのほとんどはスクールを開講しているため、海に入りやすい条件がどこよりも揃っている。昨年、スクール教室を開催した教室では参加者の8割が女性だったという。予約で満杯の状況が続き、夏場は毎日のようにスクール開講という盛況ぶりだった。
 地元や都内・八王子など多方面から受講に訪れた。夏ーシーズンだけの女性と、年間通してやる女性とに分かれたという。年齢は幅広く、10〜30代まで比較的若い層がスクールに来た。
 店に来る女性は20代がもっとも多く、10代、30代が少ないという。ロングボードを使う女性が増え、うまくなるに従ってショートボートに変化していく。ロングボードは波をつかまえやすく、安定性に優れているのが特徴だ。ショートボーどをやりたいという女性も多い。

● サーフィンの魅力

「波に乗った瞬間、今までに味わったことがないような快感があるんです」。まさに取り憑かれたようなると言う。 「共通の趣味が持てることもサーフィンの良さ、他のスポーツにはない楽しさと危険さが表裏一体になっているサーフィン。1回やれば、取り憑かれてしまう。
 サーフィンには楽しさと怖さの両面がある、。「女性は男性に比べ、腕の力が弱いのでバドリングで苦労します。高い、波が乗り越えられず、波に飲み込まれたことや、ポードで顔を傷つけたこともあったが、波の上に乗ていると、とても不思議な感じがするんです。何ものにも代え難い魅力があります。」
 「男のスポーツという固定観念がありますが女性が挑戦的になっているし、活発にもなっています。以前だったら、サーフショッブで相手にもされなかった。しかし 今は男性、女性関係なく平等に接してくれるし、楽しめる環境が整ってきていることも女性が増えている要因だと思います。」 
 「海からあがったあと、すごい爽快感があるんです。スポーツには疲労感がありますが、サーフィン限ってないとても爽やかです。海に入って良かった! という思いがいつもします。」 夏冬関係なく年中、海に入る。
夏より冬の海の方が、「やりやすい」と言う。トップシーズンの夏はどのポイントでも混雑するため危険だ。「密集した中では、他人を傷つけるかもしれないし、自分も傷つけられるかもしれないので、練習するには冬場を選んだ方がいい。」 ある主婦は「海の雄大さや、優しさ、不思議さを子どもに教えたい。海が好きになっでもらえた。
2005年12月
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