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最終更新日 2017:05:01    湘南の天気予報   只今の時間    2017年05月24日(水)07時33分

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鎌倉散策道【明月院・浄智寺】
明月院
(めいげついん)(あじさい寺、臨済宗〉

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院">
 アジサイ寺と呼び親しまれている寺。ロウハイ・水仙・ボケ・桃……と年中何かの花が咲いているが、六〜七月のアジサイ期以外は人影も少な<、落ち着ける。 山門をくぐってすぐ左へ曲がると北条時頼廟所と墓所がある。
 本寺の趣は、人気のまばらな晩秋から早春にかけて深いように思われる。やはり独特の雰囲気と魅力をもつ花の寺である。
 福源山明月院に至る道の左右は、その地名を以前、管領屋敷といった。室町時代、鎌倉公方の執事をつとめた山ノ内上杉氏の屋敷跡であったからである。 明月院は、平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道(しゅとうぎょうぶだいすけとしみち)の菩提を弔うため、1160(永暦元年)、俊道の子、山ノ内経俊により創建された明月庵を起源とする。
 五代執権北条時頼の邸宅跡に建つ。時頼建立の最明寺(廃寺)を後に時頼の子時宗が再興し禅興寺と改名。
明治初頭に廃寺となりその一塔頭(たっちゅう)だった明月院だけが残った。
住所 鎌倉市山ノ内189
電話  0467-24-3437
拝観料 有料
拝観時間  9時〜16時30分
アクセス  JR北鎌倉駅から徒歩10分
明月院・寺史 : 【鎌倉史・源氏から北条氏滅亡の軌跡】
宗派   臨済宗建長寺派
山号寺号  福源山明月院
創建   明月庵・1160(氷暦元年)、禅興寺・1268(文永5年)頃
開山  密室守厳
開基    上杉憲方
本尊 聖観世音菩薩
寺宝
  彫刻では上杉氏の祖といわれる木造上杉重房坐像(国重文)、塑造北条時頼坐像(県重文)がある。明月院絵図(国重文)は禅興寺隆盛の頃を示す貴重な資料。寺宝は公開されないが、一部が鎌倉国宝館に寄託されている。
 表門を入ってすぐ左に、〈最明寺旧蹟道〉の石柱が立つ。小さな流れにかかる石橋を渡って進むと、北条時頼(1227〜1263)の廟所(びょうしょ)と、墓と伝えられる宝篋印塔がひっそりとたたずむ。
 北条時頼がこの地に最明寺を建立したが37歳で卒去。のちに時頼の子、時宗が最明寺を前身に、建長寺の開山として知られる蘭渓道隆をを迎えて、今の明月院の四辺に再興し、寺名も〈禅興寺〉と改めたという。
 1380(康暦2年)、足利氏満から禅興寺中興の命を受け、管領上杉憲方は寺域を拡大し、塔頭も建てた。
この時、明月庵は明月院とあらためられ支院の首位におかれた。上杉憲方の法名は明月院に由来する。
 足利三代将軍義満の時代に禅興寺は関東十刹の一位となるが、明治初年に禅興寺は廃寺となり、明月院だけが残った。
 山門をくぐって左手にある紫陽殿と称される本堂には本尊の聖観世音菩薩がまつられている。本堂の左を行くと密室守厳像を安置した仏殿・宗猷堂。さらにその左の山際には鎌倉にあるやぐらの中では最大級のものがあり、上杉憲方の墓といわれる宝篋印塔がまつられている。
 明月院は禅興寺塔頭として、関東管領の上杉憲方(1335〜94)を開基、密室守厳を開山に創建されたといわれるが、寺伝では、平治の乱(1159年)で戦没した山内首藤俊通の菩提のため子の経俊(1137〜1225)が建立し、上杉憲方を中興開基とする。
 境内には、鎌倉地方に多く、中世の墓所ともいわれる(やぐら〉が残る。内に上杉憲方の墓と伝える宝篋印塔を安置し、壁面には諸尊の浮彫りがほどこされている。風化が激しいが、それだけに感慨も一人である。
もう一つ、憲方の墓と伝えるものに、極楽寺近くの石造の多層塔がある。
 また宗猷堂の右側には鎌倉十井のひとつ「瓶ノ井」があり、るべの井」とも呼ばれている。在も使える井戸だ。
鎌倉三十三所観音霊場の第三十番札所。
浄智寺 (じょうちじ)〈臨済宗、もと鎌倉五山第四位〉

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総門手前の近くに小さな石橋のたもとには、鎌倉十井のひとつ「甘露ノ井」が残っている。海に近い鎌倉の水はあまりおいしくなかった。この井戸の水は名水として、近隣の暮らしを潤していたという。
その総門を抜け、すり減った鎌倉石の石段を登る。石段の先に見える中国風楼門が少しずつ近づいてくる。浄智寺を訪れる誰もがこの情趣に浸り、禅刹の柁び寂びを肌で感じるはずである。浄智寺の開基は八代執権北条時宗の弟宗政夫人とその子師時で、宗政の菩提のために建立したとされる。
創建は弘安4(1281)年、開山は兀菴普寧だが、ほかに大体正念と、普寧の弟子の南州宏海を準開山として迎えたといわれる。本尊は曇華殿に安置される三世仏(阿弥陀、釈迦、弥勒)の各坐像で、それぞれ過去、現在、未来を代表する如来としている。いずれも法衣を台座から垂らした中岡未朝風なのが特徴だ。
住所 鎌倉市山ノ内1402
電話  0467-22-3943
拝観料 有料
拝観時間  9時〜16時30分
アクセス  JR北鎌倉駅から徒歩8分
浄智寺・寺史 : 【鎌倉史・源氏から北条氏滅亡の軌跡】
宗派  臨済宗円覚寺派
山号寺号   金宝山浄智寺
創建   1281(弘安4年)
開山   南洲宏海、大休正念、兀庵普寧
開基    北条師時
本尊 三世仏
寺宝
鎌倉様式の典型的作風の本尊木造三世仏坐像の他、禅宗の祖師達磨大師の木像、木造南洲宏海像、大休正念像、南北朝期の木造観世音菩薩立像。
 五代執権北条時頼の三男宗政の菩提を弔うため、夫人と息子師時が創建した鎌倉五山第四位の禅刹。
 開山に招かれたのは、南洲宏海だったが、師にあたる大体正念と兀庵普寧に譲ったことで、開山者には三人の名を連ねている。
 1356(延文元年)の火災により、当初の伽藍は焼失するが、室町時代には方丈、書院、法堂など主要な建物や多くの塔頭があった。江戸期になると、寺院の多くが勢力を失い、伽藍も小規模になった。
1923(大正12年)の関東大震災ではほとんどが倒壊した。
 参道から望む谷深くのびた寺域は、山門前の小さな石橋のかたわらに鎌倉十井の一つ〈甘露の井〉がある。仏教での「甘露」は、苦悩を癒し不死を得る霊液とされ、仏の教えや悟りの境地にたとえられる。
 1281(弘安4)年に没した北条宗政の菩提のため、夫人と子の師時(もろとき)(1275〜1311、後に鎌倉幕府執権)が創建したと伝える。宗政は建長寺開基の時頼の子で、円覚寺開基の時宗の弟である。 
 開山については複雑で、中国宋末の名僧で来朝して建長寺二世となった兀庵普寧(ごったんふねい)(1197〜1278)と建長寺三世の大休正念(1214〜1288)を、それぞれ開山、請待開山とし、実質的な開山であろうと思われる普寧(ふねい)の弟子南洲宏海(?〜1303)を準開山としている。
 かつての寺観のさまは知りえないが、上層に梵鐘をつるした独特の形式美をもつ楼門様の門、本尊の木造三世仏坐像を安置する仏殿、庭園をかこんで客殿・方丈などが建ちならぶ。
 ことに、本尊の三世仏は興味をひく。寺院にまつる尊像で、三尊の形式をもつものは多い。文殊・普賢を脇侍菩薩とする〈釈迦三尊〉、日光・月光を脇侍菩薩とする〈薬師三尊〉、観音・勢至を脇侍菩薩とする〈阿弥陀三尊〉などが代表的である。
 本寺の三世仏は南北朝時代末の再興とされるが、釈迦(現世・現在)を中尊として、向かって左に阿弥陀(前世・過去)、右に弥勒(来世・未来)を配して、三仏で三尊を形成している。阿弥陀は十劫(劫はインドの時間の単位で、その長さは現代人の想像を絶する)の昔に四十八の大願を成就して仏になったので過去に配され、弥勒は釈迦にづいで56億7000万年後に仏になると約束されているので未来に配されている。蓮台に坐して法衣を長く垂下した像容は、三世仏形式とともに中国末代の影響を色濃く残しているといわれている。
 なお仏殿には、鎌倉三十三所観音霊場の第三十一番札所本尊の聖観音像なども安置されている。
 参道から境内庭園へと歩む道は、静謐で自然豊かである。鬱蒼(うっそう)とした杉木立の中、石段を登ると二階に花頭窓のある唐様の鐘楼門に迎えられる。本堂・曇華殿に安置されているのはそれぞれ過去、現在、未来を意味する阿弥陀、釈迦、弥勒の木造三世仏坐像(室町時代)。県の重要文化財に指定されている。
 境内には、鎌倉一の大きさを誇るコウヤマキやハクウンボク、市指定天然記念物のビャクシンとタチヒガン桜が見事な枝を伸ばしている。茅葺きの書院の庭は、ビヨウヤナギ、サルスベリ、キキョウ、シュウメイギクなど四季を通じてさまざまな花で彩られる。
 境内脇の葛原岡へと通じる山道を登ると、天柱峰という峰がある。中国元より来日し浄智寺に住した竺仙梵僊(1292〜1348)が、その眺望を愛し命名したという。
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